5分で読む『21Lessons』|未来がどうなるか誰にもわからないが、備えることはできる

21Lessonsアイキャッチ 5分で読む
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本書は、「サピエンス全史」で一躍時の人となったユヴァル・ノア・ハラリ氏の最新著書です。

「サピエンス全史」では、アフリカで生まれた取るに足らないちっぽけなホモ・サピエンスという種がなぜ世界の覇王として君臨するに至ったかという歴史を、

「ホモ・デウス」では、情報テクノロジー(AI)とバイオテクノロジーの力で、ホモ・サピエンスが神(デウス)となる未来の可能性をかきました。

「21Lessons」は今現在に焦点を当てているため、直近の過去二作と並べて三部作と見る向きがあります。

私自身、過去2作とも読みましたが、著者の膨大な知識に基づく深い深い洞察、考察にはいつも驚かされ、感銘を受けます。

本棚

深い深い思考をする人が、その思考を文字にしてそれを読むとき、正直かなりの根気が要りますね。。。

本書を読むのにもかなりの時間を費やしました。

読むのに時間がかかりますし、一般書としてはいい値段します(定価で2400円+税)が、現代の知の巨人とまで言われる著者がどのように世界を見つめているのか、を知ることができるので、手にとって読む価値があると私は思います。

しかし、こんな大著を5分で紹介することなんてできんのかね。

正直、めちゃめちゃ難しかった。けど、著者が何を心配しているのか、が理解できれば、本書の理解はかなり進むと思うよ。

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本書の概観

本書は、大きく5部で構成され、全部で21章に分かれています。目次と本書の概観は以下のようになっています。

21Lessons目次

これらの章で書かれていることは過去にメディアに寄稿したものが基になっており、ガッチリと論理的に繋がりを持っている、というよりかは、それぞれの部で同じような主題を持った章がふわっと並べてあるようなイメージです。

こういう背景もあって、全体のつながりとしては若干難解だった。

目次のタイトルだけだと何を心配しているのかわからないね。

うん、まずは本書が書かれた意図、つまり、本書を通して著者が何を言いたいのか、を見ていこう。

本書の意図

本書は、「的外れな情報であふれる世界にあっては、明確さは力だ。」という文から始まります。

ホモ・サピエンスの将来について議論をするために、歴史学者として明確さを提供することが、著者の責務だというのです。

「今何が起こっているのか」「何に注意を向けるべきなのか」に関する疑問について、読者である私達がよく考えることを促し、現代の主要な議論に参加するのを助けることが本書の目的だと述べられています。

で、著者は何を心配しているの

著者が心配していることは主に次の3つだ。と思う。

自信を持てよ

著者の心配事

  • 産業社会から情報社会に移行しているが、それに適用できる新たな物語(社会構造)の構築が間に合っていない
  • ITとバイオテクノロジーの革命によって、大量の無用者階級が生まれる
  • 気候変動や生態系の崩壊のような環境的危機が産業革命のツケとして迫っている

どうやら著者は、グローバルな自由主義への大衆の不信感と破壊的技術革命が同時に襲ってきていると見ているようで、とても切迫しているんだ。

著者が見据える未来像

著者は、情報テクノロジーとバイオテクノロジーにおける双子の革命によって、何十億者雇用が失われ、ビッグデータを利用するアルゴリズムによるデジタル独裁政権を打ち立て、あらゆる権力が少数の人間に集まる一方で、膨大な数の無用人間を生み出すことになるかも知れないという可能性を提示しています。前作「ホモ・デウス」では、このことが詳しく書いてありますので、興味のある方は一読してみてください。

さらに、人類の経済活動によって生まれる気候変動についても憂慮しています。

テクノロジーの進歩は素晴らしいものです。新たな技術を開発した企業などは当然それを褒め、宣伝します。そういった新たな技術に警鐘を鳴らし、とんでもない方向に進みうる可能性を余さず説明するのが、社会学者、哲学者、そして歴史学者の責務だと規定します。そのため、本書では(「ホモ・デウス」も同様だが)わざとテクノロジーの進歩の驚異や危機を際立たせて書かれています。このことをきちんと頭に入れて読み進めることをおすすめします。

今直面している難局

自由主義のセットメニューからビュッフェスタイルへ

自由主義はこれまで何度も消滅の危機にさらされてきました。そのたびに、何度も復活してきたのです。

19世紀の帝国主義、20世紀のファシズム、共産主義。。。

こういった危機を超えて、自由主義のパッケージは、あらゆる人々の自由と人権を守る唯一の解であると認められるようになったのです。

こういった自由主義の思想は、世界中に広まり、人類を一つの自由でグローバルなコミュニティに変えることを約束するかのようでした。

そこで、今世紀、新たな危機に直面します。

ドナルド・トランプやブレグジットに代表される自国ファーストの思想です。

これらは、自由主義のパッケージから「グローバル化」に関わる部分の信頼を失った結果です。

自由主義のビュッフェ

つまり、こういった新たな思想は、人類全体のビジョンを捨て、過去(の栄光)を語ることによって、国家のアイデンティティを保とうと考えているわけです。

確かに僕たちはグローバルな社会に生きていて、何事もグローバルになっていくんだなって思っていたら、急に自分の殻に閉じこもろうとした国が出てきたような。

しかしながら、グローバルな課題はグローバルにしか解決できません。全世界が一つになっており、小さな個人の小さな動きが、地球の裏側まで影響を与えうる、といいます。

もはや私達は、一つの文明の一つの種であるのです。

侵食される自由意志

著者は、「自由主義の物語は、人間の自由を最も価値のあるものとして大切にする。あらゆる権限は最終的には個々の人間の自由意志から生じ、自由意志は各自の感情や欲望や選択の中に表れると主張する」といいます。民主主義は個々が自由に投票するから正しい、市場は個々が自由に売買するから正しい、つまり「合理的な個人」の上に立つという約束があるのです。

私達自由主義者は、「どう感じるか」については完全に平等であると考えているようです。しかしながら、「感情」は神経学的なメカニズムに由来する「生化学的なアルゴリズム」による計算結果だと主張します。

そして、こういったメカニズムは徐々に解明されつつあるといいます。更にこれまでにも述べたような、ITの革命的進歩。これらを組み合わせれば、人間の感情を自由に操れるだろうことを憂いているのです。

b × c × d = ahh!

biological knowledge × computing power × data = ability to hack humans

生物学的知識×演算能力×データ = 人間をハッキングする能力

と洒落のようにいっています。

さて、こうなると我々の「自由」意志とは?となりますね。

このように、本書で語られる21の教訓は、テクノロジー分野の双子の革命と私達の自由意志そして人生との関係について警鐘を鳴らすとともに、物事の現実を明確に受け止め、どうするか考えることを促すことが主題となっております。

我々の体は依然として石器時代のままであるし、政治体制は産業革命時代のものをそのまま引き継いでいますが、科学技術の進歩やそれに伴う生活様式、経済様式の変化に対応しきれておらず、人間の協働に必要な新たな「物語」を作り出せずにいる、というのが著者の現在の世の中の見方です。

科学技術の進歩に伴って出現するであろう、今まで経験したことのない未知の課題に取り組まなければならないのです。選択肢はありません。今から行動しなければなりません。

こういったグローバルの問題にはグローバルに解決せねばならず、今のような国家という枠組みは、課題に対処するにあたってはもはや適切ではないと、説きます。

なんだか切迫してるな

で、僕たちはどうしたらいいんだい

実は、明確な解決策のようなものは書かれていない。

!?どういうこと!?

この本の意図を思い出してほしい。「議論に参加することを促すこと」が目的であって、「解決策や処方箋の提示」が目的ではないんだ。

そもそも、一介の歴史学者である著者に、というより聡明な著者だからこそ、未来を予見することはできないことを知っている。だから、処方箋なんて提示しようがないんだ。

じゃあどうすればいいの?

「どうしたいか」を一生懸命考えるんだよ。たとえば、アルゴリズムに操られたいならそうすればいいし、それが嫌なら現実がどうなっているか理解できるように努めて、たとえそういう未来が訪れても大丈夫なように、自分をアップデートするスキルを高めておいたり、心の安定を保てるようにしておくんだ。それが本書で言うレジリエンスだ。

登りたくもない山を登らされているような気がする

たしかに。でも世の中は待ってくれないよ。

 

著者が提案するレジリエンス

ホモ・サピエンスは虚構によって繁栄してきました。

「サピエンス全史」は、国家、宗教、経済などを上位概念である「虚構」と一元化して、虚構の下に協力できる能力が人類の繁栄につながったと説明した点が面白く、世の中に評価されました。

その著者が、現実と虚構を区別し、洗脳を避けるために一層努力することを勧めています。

自分の偏見を暴き、自分の情報源の確かさを確認するために時間と労力をかけるのは、私たち全員の責任だ。

なぜなら、今発展しているビジネスモデルは、私たちの注意(興味)をタダで手に入れ、低品質な情報を提供しているからだ、と主張します。

教育

著者は教育も改める必要があるといいます。

そもそも情報があふれかえる世界で、情報を詰め込む学習は、理にかなっていません。

情報の意味を理解したり、重要なものとそうでないものを見分けたりする能力、大量の情報の断片をむずビツケて、世の中の状況を幅広く捉える能力を教える必要があるといいます。

 

さらに、教育の専門家たちは、新たな教育には4つのCが必要だと主張していることを受けて、

教育4つのC

著者はとりわけ以下のことがこれから大切になってくるといいます。

  • 変化に対処する
  • 新しいことを学ぶ
  • 馴染みのない状況でも心の安定を保つ

そして、現代の十代の若者に言いたいのは、大人に頼りすぎないこと

変化の速度がとてもつもなく速い今日においては、かつては何でも知っていた大人でさえ頼りにならないといいます。

では、テクノロジーに頼る?これまでの言説の通り、それはより危険だと述べます。

では、自分?人間のハッキングが可能になる世の中では、それすらも怪しいと説きます。

どうしたらいいのでしょう。

著者は、「自分のオペレーティングシステムをもっとよく知るために努力する必要がある。」と説きます。

すなわち「汝自身を知れ

つまり、自分は何者か、人生に何を望むのかを知れと言っているのです。

何が真実で何に意味があるのか

人生に何を望みましょうか。

人生に意味を見出すためには、物語が必要です。自分に役割を与えてくれて、そして自分の想像力を超える永続性のある物語です。

例えば宗教、信仰、イデオロギーなどを通じて自分の人生に意味を見出すことは可能です。

しかし、これは物語であって真実(現実)ではありません。

困ったことに私たちや所属組織(特に国家)のアイデンティティは、この虚構の上に成り立っているため、これを疑うと自身や国家の崩壊につながるためなかなかできません。

それどころか、私たち人類はこれらを信じることによってここまで発展してきたのです。

それでも、現実と虚構との違いが知りたければ、苦しみが出発点となるといいます。この世で最も現実味があるのが苦しみだからです。

宗教や信仰、イデオロギーは、人々に犠牲をを求め、苦しみを味合わせることによってより現実らしく感じられるようになりました。

著者は言います。

自身のアイデンティティの基盤である虚構を捨て去ったとき、きっとあなたは苦しむでしょう。しかし、そのときには、以前とは比べ物にならないほどはっきりと現実を観察することができ、自分とこの世界についての真実を本当に知ったなら、人は何があっても惨めになることはない。

どうすればそれができるの?

著者の場合は、瞑想でその境地に至ったんだろう。20年前にヴィパッサナー瞑想に出会って以来毎日2時間瞑想しているらしい

ちょっと真似できないですね

方法は人それぞれだから、真似する必要はない。まずは自分の心をコントロールすることから始めなければいけなさそうだ。レジリエンスを身につけるためにも

やっぱり瞑想か

さいごに

最後に著者のメッセージを引用して終わります。

あと数年あるいは数十年は、私達にはまだ選択の余地が残されている。努力をすれば、私達は自分が本当は何者なのかを、依然としてじっくり吟味することができる。だが、この機会を活用したければ、今すぐそうするしかないのだ。


いかがだったでしょうか。

少し難解で内容的にはまとまりを欠くものだったように思います。

ただし、著者の主張は一貫しています。今回はそれを紹介できるように頑張ったつもりですが、少し長くなってしまいました。

興味がある方はぜひ、手にとって読んでみてください。

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