「虫に筋肉はあるのだろうか。」
高校生の時、ふと思いついた疑問を、当時生物を担当していた部活の顧問の先生に投げかけてみました。
「あるある。一緒一緒。」と雑なご回答をいただき、特に納得したわけでもないのに、この疑問は頭の奥にしまったまま生きてきました。
夏休みの自由研究のシーズンが近づいて、今、私ならどういったことを研究したいかを考えていた時に、またふと上の疑問を思い出しました。今は当時と違い、手元の端末で情報の海に飛び込める時代です。虫の筋肉について検索していたところ、この本に出会いました。
しかし、自然科学系書籍の出版社として有名な裳華房(しょうかぼう)の書籍であるものの、ひとつのレビューも見当たらず、なんとなく買うのが怖かったので、図書館にリクエストを出して借りて読んでみました。
本書は“シリーズ・生命の神秘と不思議”のうちの一冊であるらしく、ほかにも身の回りの生物の神秘的な一面について書かれた本がそろっています。https://www.shokabo.co.jp/series/706_wondering.html
タイトルにそそられる方も少なからずいるのではないでしょうか。
さて早速紹介していきたいと思います。
感想
全体を通した感想を言うと、
一般向けに書かれた書籍であり、安価(1,400円+税)であるものの、安価であるがゆえに(?)図や写真が白黒で分かりづらい部分がありました。
昆虫の筋肉メカニズムの権威の先生が書かれた本にこれだけ安価に触れられるのは大変ありがたいことですが、内容は一般向けにしては難しく、専門書としては足りないといった中途半端な内容だと感じました。
少なくとも高校生物の素養は必須であると思います(私も一応、高校時代は生物は履修したのですが、フォローできない部分が多々ありました)。
一方で、身近な人間の筋肉から筋肉の一般的な構成、動作メカニズムなどを多くない紙面でなるべく平易に解説しようとされていて(本記事の最下部にもくじを載せておきます)、著者の昆虫好き、探求好きが伝わってくる本でした。
さて、冒頭の疑問の答えですが、虫にも筋肉はあります。
ただ昆虫は平滑筋を持たず、すべて横紋筋だそうです。
本書の中には、著者自身が解剖したセミなどの筋肉がわかりやすく撮影されていて、虫も人間と同じ「筋肉」を持つということがよくわかりました。
副題に「1秒に1000回はばたく虫もいる」とあるように、著者は昆虫の飛翔筋研究の第一人者で、本書には飛翔筋を中心に、著者の研究成果について書かれていました。著者はスプリングエイトに勤務する研究者でハチなどの飛翔筋に強力なX線を当てることによって、その筋肉の動きやメカニズムを解明する研究を行っておられます。
1秒間に1000回と言えば、1000 Hzですが、人間の筋肉にこれだけの周波数で動く筋肉はありません。
例えば、64分音符で引けるピアニストがいたとして、2本の指で32 Hz。指1本あたり16 Hzとなります。人間にはこのくらいが限界なのかもと書かれています。ボタン連打で有名な高橋名人も16連射と言われていて、これも16 Hzですね。
どのようにしてこのような高頻度な羽ばたきを実現しているのでしょうか。
飛翔筋の使い方に違いがあるそうです。本書を参考に、少しだけ紹介したいと思います。
飛翔筋の使い方
同期型飛翔筋
同期型飛翔筋は羽ばたきと神経インパルスの関係が完全に1:1対応しており、これは人間が腕を動かしたり、鳥が羽ばたいたりするときと同じ機構です。
トンボ、チョウ、バッタ、ゴキブリなど比較的大きい昆虫がこの機構で羽ばたいており、その頻度は100 Hz程度が限界だと言われています。
頻度に上限がある理由は、筋肉の収縮のほかに筋小胞体へのカルシウム汲み戻し(まあとにかく筋肉を動かすのに必要な工程なんす)にエネルギーを大量消費するため、ミトコンドリアの十分なスペースが必要になるためだと説明されています。
非同期型飛翔筋
非同期型飛翔筋は、同期型と異なり、インパルスとの関係が一致しておらず、羽ばたき頻度の方が大きいのが特徴です。
非同期型飛翔筋は、一回の羽ばたきごとにカルシウムを出し入れすることをやめたことによって高速の羽ばたきを実現しています。カルシウム濃度が一定以上になったところで、外から引っ張られると、筋肉が活性化し大きな力を発揮すると言われています。よくわかりませんね。
二つの拮抗筋をもっており、片方が縮むと片方が引き伸ばされる関係にあり、最初に一つの飛翔筋を縮ませると、もう片方が引っ張られ、それによって活性化し、力強く縮みます。そのもう片方が縮むと今度は、最初に縮ませた筋肉が引っ張られ、活性化し、以下ループすることになるのです。
この交互の収縮は自律的に行われ、神経インパルスが羽ばたきのタイミングを決めることはなく、そのため「非同期型」と呼ばれます。ちなみに、この非同期型には上限がないため、500回でも1000回でも羽ばたけるようです。
これだけ聞くと、ただの弾性力を利用しているのではないかと想像してしまう(キツツキのおもちゃみたいに)のですが、どうやら違うようです。
まだ完全にわかっていない
この「伸長による活性化」がどんな仕組みで起こるか十分に解明されていないようで、何十年にもわたって昆虫飛翔筋研究者の最も重要な研究テーマであり続けている、と書かれています。
神秘ですね。生物分野は身近でありながらこういったロマンがあるのでとてもいいですね。
目次(参考)
さいごに、本書の目次を記しておきます。
調べ物をしたい方、購入を検討されている方のお役に立てば幸いです。
1章 昆虫はすごい能力の持ち主だ
2章 まずは人間の筋肉を知る
1 人間の筋肉の種類と使い分け:骨格筋・心筋・内臓筋
2 骨格筋(横紋筋)のつくりと働き
3章 筋肉を作っているタンパク質とは
1 骨格筋をつくるタンパク質:タンパク質とは何か
2 タンパク質の種類
3 筋肉の主要なタンパク質
4章 骨格筋は、どうやって縮んだり緩んだりするのか?
1 筋肉の収縮―弛緩のサイクルとは?
2 速い筋肉、強い筋肉
5章 昆虫の筋肉は全部横紋筋だ
1 筋肉を持つ動物の進化
2 横紋筋がメインの動物は限られている
6章 高機能の羽ばたきの秘密
1 昆虫が羽ばたく秘密
2 同期型飛翔筋と非同期型飛翔筋
7章 X線で非同期型飛翔筋の構造を調べる
1 X線回折法の原理
2 X線結晶構造解析
3 X線繊維回折法
4 昆虫の非同期型飛翔筋にX線を当てるとどうなるか
5 1本の筋原繊維だけにX線を当てるとどうなるか
8章 羽ばたき中の飛翔筋内の分子の動きを探る
1 X線回折法に関係する技術の進歩
2 「伸長による活性化」のしくみに関する従来の説
3 生きて、羽ばたいているハチの飛翔筋からX線回折像を撮る
9章 昆虫の筋肉は体温調節にも使われる
1 ハチは恒温動物だ
2 冬に飛ぶ蛾の話
10章 昆虫の筋肉は鳴くためにも使われる
1 鳴く虫はどうやって音を出すか
2 ヨコバイだって鳴く
3 妨害音波を出してコウモリをかわす蛾
11章 アリ―小さな体に秘められたパワー―
1 筋肉の収縮より速い動きをどうやってつくり出すか
2 動物の力と体の大きさの関係
さていかがだったでしょうか。
夏休みで虫取りをたくさんした方、子供の疑問に答えてやりたい方、自由研究の題材にしたい方はぜひ手にとって読んでみてください。
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