本書は、「イシューからはじめよ」の著者、安宅和人氏による日本再興戦略というべきものです。
400ページを超える大著で、定価2400円+税とそこそこしますが、持つ価値あり、読む価値ありです。
AI×データ時代に日本はどう立ち回ればいいのか、実際のデータから見る実現可能な策について記されています。
何も世界一を目指すのではなく、生産性や技術力の面での、遅れを取り戻し、リソースを最大化するかについて提言がなされています。
最後の章では、地球が保たなければ、発展しても意味がないということで、環境問題についても言及し、安宅氏が思い浮かべる新しい街のあり方について、そしてそれに関する取り組みについても書かれています。
ちなみに、以前著者が知的生産のについて書いた「イシューからはじめよ」(5分で読む『イシューからはじめよ』|何を考えればいいか考える)の記事もありますので合わせてどうぞ。
本書の概観
長くなってしまったので、はじめに本書の概観とまとめを紹介しておきます。
- データ×AI革命によるゲームチェンジが起こっている
- 教育の改革が必要
- 財源1:基金の設立
- 財源2:社会保障費ごく一部の再配分
- 環境問題に超長期的に向き合う準備を
1章 データ×AIが人類を再び解き放つ
本章では、データの増加とAIの発達により変化が加速度的に起こり、産業に大きな変化が訪れていることについて書かれています。
産業の変化
- 全ての産業がデータ×AI化
- 意思決定の質とスピード
- 事業構造の変化
- ヒューマンタッチの重要性増大
またこういった変化により、未来における富の生まれ方が変わるといいます。
今までは、リアル空間のスケール感がモノを言っていました。市場シェアの拡大、大量生産、超効率化…。
日本の強い製造業のイメージですね。
これからの時代は技術をてこに世の中を刷新、アップデートできる企業に企業価値が生まれるようになったのです。AppleのジョブスやTeslaのマスクのように妄想をカタチにし、世の中を刷新できる(しようとしている)という「未来を変えてる感」が富を生むのです。
著者は、これを「虚数軸が富を生む時代」と言っています。
ゲームは変わったのです。
2章 「第二の黒船」にどう挑むか
ここでは、日本の現状と勝ち筋について書かれています。
江戸末期に産業革命を終えたアメリカのペリー率いる黒船が浦賀にやってきたときに、その技術的格差に愕然としたであろう当時の人々になぞらえて、こういったタイトルになっています。
現代は、インターネットの発達によって、世界が目の前に見え、かつ利用できるだけに、当時よりこの格差が目に見えづらい分、このような格差というものに気づきづらいのかもしれません。
「手なりでこれからも豊かな国あり続けられるのか」をイシューとして念頭において日本の現状、そして課題を御覧ください。
まずは朗報です。
日本の勝ち筋
産業革命の時代、日本は鎖国をしていました。明治維新で文明開化が起こり、そこから血の滲むような努力(富国強兵)をして世界に追いつきました。昭和期に入り、産業革命のフェーズ2、高度な応用の時代に名だたる日本の企業が世界をぶっちぎり勝利しました。フェーズ3 エコシステムの構築では新幹線やファミコン、スパコンなどの複雑なシステムを構築し、また勝利したのです。
著者によるとデータ×AI革命のフェーズ1は終わりに差し掛かっていて、あと4,5年でフェーズ2に入ります。
たしかにフェーズ1では出遅れてしまいましたが、まだ間に合うのです。
IT分野だけでなく、ほかの分野の産業の生産性も上がっていません(むしろ成長という観点では足を引っ張っている)。つまり、十数年から二十年くらいの溜まりに溜まった伸び代があるのです。
しかも活用できてないリソースが目に見えてある。
活用できていないリソース
- 貧困層(高等教育を受けられない取りこぼされた才能)
- 女性(余力、そして多様性)
- シニア(経験豊富な熟練労働者、65歳で伐採される)
国の政策でこれらの方々をうまくリソースとして使うことができれば、生産性は必ず上がるはずです。
そして悲報です。
日本の現状
この問題が叫ばれて久しいように思います。旧来の科学分野例えば物理分野では東京大学が8位にランクインしています。他の科学分野でも少なくともトップ50には名を連ねるニホンの大学ですが、今アツい計算機科学分野ではトップ100に一校もランクインしていないというのです。研究のレベルが低いわけではなく、層の薄さが原因にあるようです。
どういうことなのでしょうか。
3つの抑えどころ
著者は、この世界で戦うためには3つの抑えどころがあると紹介しています。
- データが大量にあり、幅広く利活用できる
- 圧倒的なデータ処理力がある(技術、コスト)
- 質・量ともに十分な情報系サイエンティストとITエンジニアがいる
日本は今の所このどれも抑えることができていないのです。
①まず、大量のデータについてですが、日本のプラットフォーム(LINE、Yahoo!JAPAN、楽天、mixiなど)がグローバルなプラットフォーマーたちの足元にも及ばないのはご存知のとおりです。
データ量で勝負になっていないといいます。
さらに自動運転やドローンの分野では、狭い道や高層ビルの隣に低層の家屋があるなど、こういった分野のデータ取得に適した街づくりをしていないことも要素としてあげられています。
②データ処理力についても同様に、ビッグデータ系の技術プラットフォームは、AWS(Amazon Web Service)やMS Azure、GCP(Google Cloud Platform)などに代表されるクラウド基盤、あるいは解析系、サービスレベルのもののように海外発のものばかりで日本企業のプレゼンスは低いと指摘します。
さらに、産業用電気代が他国と比べて高いなどコストの面でも勝負になっていないとのことです。
③日本のエンジニア、データ系専門家は不足しているそうです。この背景に、理数素養のある学生がそもそも少ないという点を挙げています。医薬をのぞく理工系に進学する学生は2割ちょっとしかおらず、韓国やドイツ(ともに60%超)と比較すると、その少なさが際立ちます。

わかんないけど、なんとなく理系出身の夢ってないもんな。経営屋ばかりがもてはやされて、理系人材は泥臭くて使い込まれているイメージがなんとなくあるもんね

これも勝手なイメージだけど、韓国のサムスンなんかは技術者への金払いがめちゃくちゃいいイメージ。そんなイメージが人を引き寄せるのかもね。
読み書きデータ
日本の大学では、データサイエンスに関する教育課程が少なく、若者たちがこれからの時代を生き抜く「武器」を持たずに戦場に出ているといいます。
アメリカのトップ大学では、計算機科学を学ぶことが半ば当たり前のようになっており、ほとんどの(主要校の少なくとも半分以上)学生が主専攻、副専攻で学んでいるようです。
かたや日本では、高校の課程で統計を学ぶ人はごく僅かに限られます。
これからの時代、データサイエンスの基礎とも言うべき計算機科学のような分野は、基本的なサバイバルスキルとなります。
読み書きそろばんではなく読み書きデータの時代なのです。
第3章 求められる人材とスキル
虚数軸が富を生む局面で求められる人材とはどういったものなのでしょうか。
これまでは超効率化による大量生産がモノを言った時代でしたが、これからは0から1を創造できる人や企業に莫大な価値が見いだされます。
トヨタやGMではなく、イーロン・マスクやスティーブ・ジョブズのような人の時代なのです。
ヤバい人の重要性
著者はヤバい人のことを異人と呼び、下記のようにポイントを挙げています。
- あまり多くの人が目指さない領域のいくつかでヤバい人
- 課題×技術×デザイン 創造的な人
- どんな分野でも頼れるすごい人を知っている人
これからデータ×AI革命はフェーズ2(応用のフェーズ)に入ります。3つ目の「どんな分野でも頼れるすごい人を知っている人」というのは、今ある技術を利用(応用)するにあたってとても重要な能力になります。
シリコンバレーの偉人伝に出てくる人のことのようですね。
こういう人は社会において除け者にされたり、潰されてしまいます。だからこそ、こういった人たちが大切だと思う社会を作らなければいけないといいます。
学校教育において「起立、気をつけ、礼」や説明できない校則や決まりの廃止からシン・ニホンは始まるのです。
5つの人種
こういった視点でみると変革時には下記のような5つの人種に分けられるとしています。
1割程度の異人系の人々によって世の中が変わっていくイメージだそうです。
多面的なAI-ready人材
いろんなAI-ready人材
- AI×データを使い倒して、生産性アップできる人
- 「ビジネス力」「サイエンス力」「エンジニアリング力」を持っている人
- 専門家として使える人
- 一般教養として使える人
2番めはデータサイエンティスト協会のスキルセットですね。
後述する3層での人づくりと対応させて御覧ください。
この章では、AIと人間の本質的な違いについても、ニューロサイエンスが専門の著者らしく「知覚」という観点から述べてられています。
第4章 「未来を創る人」をどう育てるか
本章と次章では、ではこれから日本はどのようにして勝ちに行けばいいのかということについて書かれている。
本章では、人材層の構築とそのための教育をどうすればよいか
次章では、サステナブルな国をつくるためにどのようなシステムを構築するかが述べられています。
3層での人づくり
国語・数学力の再構築
次に国語・数学の力を再構築することについて提案しています。
具体的には、「慮り、空気を読む国語」から「理解・構成・表現の三学を学ぶ国語」への刷新が提案されています。
数学分野では、「確率分布と統計的な推測」を学ぶ割合が少ないこと、「行列」を高校数学では学ばないこと(!)などを問題点として挙げています。
さらに、世界的に見ても中学生の数学力が高いことがわかっていながら、当の本人たちは数学をあまり好きではないことがデータでわかっています。この数学への毛嫌い感が、理工系進学者の少なさにつながっていると指摘しています。
数学が好きで得意な人を増やし、道具としての数学の意味合いや価値を見いだせる人を育てることが重要だと説きます。
世界で戦える人材
ここまでは、システムや教育の力の入れどころについての話でした。
続いていわゆる創造的な人を育てるという観点でポイントを6つ挙げています。
- 意思、自分らしさ、憧れ
- 皮膚感を持って価値を生み出すことを理解する
- サイエンスの面白さと意味への理解を深める
- 夢×技術×デザイン視点で未来を作る教育を刷新する
- 道具としての世界語を身につける
- アントレプレナーシップの素養
学校で習う科目だけでなく、私たちの感覚やツール、知識の豊かさを育てていけ、ということだと思います。
第5章 未来に賭けられる国に
これまでは、現状がどの様になっていて、これからどんな人が必要なのかについて見てきました。
本章では、では、国がどのようにしていけば良いのかについて、書かれています。
元マッキンゼーのコンサルタントでヤフーで戦略を担当している著者が示す具体的なリソース戦略です。
少ない科学技術予算
これは言われて久しいですが、まず国力に見合ったR&D投資ができていない点を指摘しています。
2大国である米中と比較するとGDP差は対米3.8倍、対中2.3倍程度だが、科学技術予算はそれぞれ4.7倍、3.7倍と開きがあります。
さらに絶対数では、人口が2/3のドイツと同水準、半分以下の韓国も急激に追い上げてきています。
科学技術予算は競争力に直結する要素であり、学力の工場や研究開発投資は国の成長への寄与度が大きく、現状は憂慮すべき事態といえます。
少ない大学予算
大学の予算に目を向けてみると、米国と日本のトップクラス大学学生一人当たりの予算を比べる2.5~4倍の差があります。
常勤教授(日米トップ3校)の平均年収を比べると、2倍程度の差があります。しかも日本は数十年据え置きの状態。
これでは、人材を日本に引き止めておけるとは考えられませんね。
PhD取得 経済的な負のインセンティブ
さらに、さらに、
日本は主要国で唯一PhD取得に費用がかかる残念な状況になっていると指摘します。
研究者だけでなく大学院の学生の才能の争奪戦においても競争力がない状態です。
本書では、イェール大学と東京大学の博士課程学生の年間コストの比較をしています。
経済的に負のインセンティブが働くため、才能ある学生は留学を選択することを推奨しているかのようですね。
こういう背景があるためか、日本の博士号取得者は減少しています。
大きな差はどこから
日米主要大学の収入の大きな差はどこから生まれているのでしょうか。
一番大きいのが、寄付を基にした基金の運用益です。
その次が国の運営費です。
特に基金は、数百倍の規模を持っており、米国の主要大学は学生一人あたり億円単位の基金を持っています。
そしてその寄付元は、卒業生や親などが60%以上を占めているのです(対して東大は94%が企業からの寄付)。
このように、卒業生たちが育ててもらった大学に恩返しの寄付をし、大学が圧倒的な運用益を挙げることによって差がついているのです。
上の世代がこれからの世代に経済的に支援をする、理想的なシステムが出来上がっていると言えます。
提言1:基金の設立
そこで著者は10兆円規模の国家レベルの基金システムの設立を提言しています。
トップクラスの運用のプロフェッショナルを集めて年率7%の運用益を出し、その半分を予算に組み入れれば3500億円の余力が毎年生み出されます(東大全体の予算が3000億円)。残った利益を運用に回せば、20年後には20兆円、40年後には40兆円となり、未来の世代に遺せる大きな遺産となるだろうと考えます。
種銭である10兆円は、どの財布に持つか(B/S)のはなしであり、P/Lには基本的に響かないため、他の予算を削る必要はないとしています。
日本にはその程度の余力はあるのです。
上記は長期的な視点に立った未来への遺産です。
続いて単年のリソース配分について述べています。
提言2:リソース配分の見直し
現役の研究者の待遇改善、PhD育成グラント、小中学校のAI-ready化、若い人たちの年金積立など幅広い「未来を変えるコスト」を概算して、3.2兆円という数字を出しています。
そして現在、引退した層にその大半を使っている社会保障給付金の予算が120兆円。たった2%のリソース配分の変更で、日本は未来に賭ける国になることができるというのです。
社会保障のクオリティを下げろと言っているのではなく、クオリティを下げることなく合理化する(最新技術を使うなどして)ことによって2%程度の余力を生み出だすだけで、未来を変えられるのです。
本書には、この余力を生み出すための合理化・改善案についてもデータを基に検討されています。
「アド・アストラースキピオとハンニバル」という作品から以下のセリフが引用されています。
老人を生かさんがために、若者を犠牲にするような国に未来はない
グッと来る言葉ですね。
大学の寄付金の話もリソース配分の話も同じです。
現役世代が未来の世代を支えるんです!
※イメージはブログ筆者のもので本書にはありません
6章 残すに値する未来
地球が破綻してしまっては、国の成長には全く意味がない。
ということで、最後の章では、グローバルな環境問題と著者が考える「都市化」のオルタナティブとしての「風の谷」というビジョンについて書かれています。
環境の問題
- 水産資源の枯渇
- 家畜の増加
- エネルギー消費
- 気候変動
に関する現状がデータとともに述べられています。
風の谷
著者は、風の谷という地方再生とも言える構想を練っているそうです。
聴くところによると、新型コロナの蔓延によって、この「風の谷」構想がにわかに注目を集めているらしいです。
本記事での紹介は割愛しますが、気になる方は著者のブログを読んでみてください。
「風の谷」という希望 – ニューロサイエンスとマーケティングの間 – Between Neuroscience and Marketing
開疎化がもたらす未来 – ニューロサイエンスとマーケティングの間 – Between Neuroscience and Marketing
いかがだったでしょうか。
とても長かったですね。本書は著者の分析がふんだんに盛り込まれたデータ集としても活用できるくらいデータにあふれています。
ファクトに基づいた適切な手を考える著者らしい書籍です。
シン・ニホンまとめ
- データ×AI革命によるゲームチェンジが起こっている
- 教育の改革が必要
- 財源1:基金の設立
- 財源2:社会保障費ごく一部の再配分
- 環境問題に超長期的に向き合う準備を
著者は、現在複数の公務を持っており、国との関わりが大きいため、こういった提言が少しづつでも国の制作に反映されることを願いつつ、本記事を終わりたいと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
未来に賭けられる国、日本にしたい、と思った方は是非本書を手にとって御覧ください。
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