さて、今回は経済の話です。
「経済の話」とありますが、経済と結びつけて文明論のお話も書かれています。
本書は、ある父親が娘に経済というものの成り立ち、現代の経済的な課題(格差、金融危機など)がどうして存在しているか、ということから、今後直面するであろう危機について私達はどうすれば良いのか、ということを優しく、易しく、愛を込めて書かれています。
後述しますが、著者は「経済の民主化」というようなものを提案しており、民主化のためには経済についてきちんと話ができるように、との思いを込めて本書を書いたといいます。そのため、専門用語をなるべく使わず、わかりやすく解説してくれています。
訳者あとがきを基に、その「ある父親」とはどういった人物であるかを紹介します。
ちなみに役者は、FACTFULNESSの共訳者の一人、関美和さんです。
父(著者)のこと
「ある父親」のお名前はヤニス・バルファキスというギリシャ人経済学者で、ギリシャの経済危機のさなかである2015年に財務大臣に就任。
wikipediaによると同年、7月に国民投票で緊縮財政政策への国民投票で、反対多数を勝ち取り(後述します)、約半年で辞任したようです。
Googleで画像検索をするとわかりますが、スキンヘッドでワイルドな面構えをしており、加えて革ジャンを着てバイクを乗り回しているそうです。
その学者らしからぬ風貌からマスコミに「政界のブルース・ウィリス」と揶揄されたこともあると書かれています。
彼は、現代貨幣に関する深い理解から、サブプライムローンによる金融危機(いわゆるリーマン・ショック)を事前に予測し、2010年頃からギリシャはデフォルトするべきだと主張を始めました(wikipediaより) 。
さて、そんな著者が娘のために経済について易しく書いた本書がためにならないはずはありません。
早速本編に移りましょう。
ちなみに、著者はギリシャ人ですが、国籍はギリシャとオーストラリアの二つを持っていて、娘はオーストラリアに住んでいるそうです。そのため、いきなりアボリジニの話が始まります。
なぜ、アボリジニがイギリスに侵略しなかったのか
本書は、娘の「どうして世の中にはこんなに格差があるの?」という疑問から始まります。
その問いに対して、「なぜアボリジニがイギリスに侵略しなかったのか」ということを考えることを通して、「格差」というものの始まりから解説してくれています。
18~20世紀の間、ヨーロッパ人が世界中を制圧し、特に大英帝国(イギリス)は20世紀に世界史上最大の版図を築きました。当時は、ダーウィンの進化論を曲解して白人が有色人種と比べて賢く、能力が有ったからだと本気で思われていました(今もホンキでそう考えている人がいるかも知れませんが)。
違います。
ただ、地政学的な要因によって、技術の進歩が他より少しばかり早く、かつ侵略的な文明が発達したからなのです。
キーワードは「余剰」
すべては余剰から始まる
6つのステップで、余剰から生まれる文明について観ていきましょう。
ステップ1:農耕の発明そして発達
農耕が生まれたのはその必要が生じたからです。土地を耕さなくても大地の恵みだけで十分生きていける場所(例えばオーストラリア)には、農耕の必要が生じませんでした。土地を耕さなければ生きていけない地域でだけ農耕が発達し、どんどん効率が上がっていったのです。
ステップ2:余剰の発生
農耕の効率がどんどん上がると、余剰が発生します。当時、余剰とはすなわち備えでした。翌年は不作で作物が全然取れないかも知れない…、そのための余剰だったのです。逆に、木の実の採集や狩猟では、余剰は生まれません。必要な時に必要な分だけ採りますし、農耕技術で採れる穀物とは違って保存が利かないからです。
この余剰は、経済の基本となる要素です。
ステップ3:文字
本書によると、文字は余剰を記録するために生まれました。穀物を保管する共有倉庫に何をどれだけ保管したかを記録するために生まれました。一方でオーストラリアや南アフリカのような土地では、文字は生まれません。不要だったからです。
ステップ4:債務、通貨、国家の発生
この当時、労働力の対価として、穀物量を記した貝殻が渡されたといいます。この貝殻は穀物と交換できますが、これは「今後収穫されるもの」であったため、ある意味で、主人が労働者に返すべき借金(債務)のようなものでした。台帳には、例えば「○○さんは、硬貨3個分の穀物を受け取った」などのように書かれたそうです。そして、それは他の人が作った作物と交換することができたといいます。これが通貨の始まりです。
取引のために硬貨(貨幣)が生まれたのではなく、後々どれだけの支払いが受けられるかを記録するために生まれたのです。つまり、ありもしない(けど皆が信じている)硬貨をつかって取引をしていたのです。
そして皆が何を信じるのか、というと、それは権威です。つまりは、信頼を裏付ける権威が必要だったことから、国家や政府が生まれました。
ステップ5:官僚、軍隊、宗教
これはいずれも、支配者が支配を続けるために必要なものです。
つまり、債務や通貨の信頼を裏付ける権威を持続するために必要なものだ生まれたのです。
ステップ6:テクノロジー、生物兵器
余剰が生まれて国家が生じると、一部の権力者に力が集中していたため、農耕に必要な技術がどんどん発明された。
さらに、穀物を倉庫に保管することによって、人や動物が集まり、最近が繁殖しやすくなったと言われます。
答え
なぜ、アボリジニがイギリスに侵略しなかったのか
それは、ユーラシア大陸は農耕が必要な土地だったからです。
特にイギリスは気候に恵まれず、農耕技術を発達させ余剰を貯めないと生きていけなかったのです。
一方オーストラリアでは、自然の恵みを比較的少数の人間が独り占めできたので、農耕技術を発達させる必要がありませんでした。
農耕が必要ということは、土地が必要だということです。そのため、侵略によって土地を奪取する文化・文明そして技術も発達しました。
一方でアフリカから強国が生まれてこなかったのはなぜでしょうか。
アフリカ大陸は南北に長いため、大陸内で気候が全然違います。そのため、たとえ農耕経済が発達したとしても、それが広がることがなかったと説明されています。
なぜ格差があるのか
今まで見てきたように国家間の格差は、地理的な環境の違いによってテクノロジーの発達や進歩に差があったからです。
では、地域内の格差はどうして生まれたのでしょうか。
それは、一部の権力者が蓄積した余剰を独り占めにし、さらにその富を利用してさらに大きな余剰を独り占めにするからなのです。
格差はこうして生まれました。すべて「余剰」から始まりました。
市場社会の誕生と借金と利益
物事の価値
物事の価値には二つの種類があるといいます。
経験価値と交換価値です。
アフターデジタルやシン・ニホンでは、これからの時代この経験価値(体験価値、ヒューマンタッチ)が重要になるというお話もありました。それは、資本主義社会がすべてに値段をつけているということの裏返しでもあるんですね。


そして、造船やコンパスの技術が利用できるようになるとグローバル市場が発達しました。
そうすると、作物をつくるより、グローバル市場で交換価値の高いものを作るようになりました。
そのために、領主の土地から農奴が追いやられると、労働力が商品になりました。
原料や機械(器具)は、職人が作ったものと作物を物々交換することで成り立っていました(そのため市場とは呼べなかった)が、販売されるようになりました。
土地も、封建領主が代々引き継いできたものでしたが、売買されたり、貸し出されるようになりました。
生産の3要素がすべて交換価値(値段)を持つようになったのです。
そして、この流れに産業革命が起き、とても大きな格差を生みました。
さらに、このとき、生産とカネの流れの大転換も起きました。
生産をする前に借金をする必要が生じたのです。
この借金を原動力にして経済(資本主義経済)が回るようになりました。
我々が暮らす世界は今この状態ですね。
金融の黒魔術
さて、現代のシステムの中で、借金をする場合はどういう事が起きているのでしょうか。
イメージでは、銀行にお金を預けた人の預金を基に人に貸付け、利子を取って儲けるのが銀行のお仕事のイメージですね。
実際は違うようです。
銀行が、借金したい人の通帳に残高を記帳するだけです。つまり、どこからともなく魔法のようにお金を出すのです。
なぜそんな事ができるのか。
現在の交換価値を貸しているわけではなく、借金をした人が将来得るであろう利益を期待して(未来の)お金を貸し付けており、そのリスクを追う代わりに利子や手数料を徴収する、という風に説明されています。
世界恐慌を経て、この銀行の持つ債権を投資家に分配して銀行が損をしない方法も作られました。
未来からお金を引っ張ってくれば来るほど、未来を読み間違えたときのリスクが大きくなります。
そしてミスったとき、未来からたくさんのお金を引っ張ってきたにもかかわらず、それが実現できないとわかると経済が破綻します。
サブプライムローンのお話ですね。
利益を得るために必要であった借金という仕組みが、経済を破綻に導くのです。
誰が助ける?
銀行や国の経済を助けるのは政府です。政府がお金を用意して、銀行に供給し、経済破綻の連鎖反応を止めます。
そのお金も普通の銀行のように「どこからともなくパッと現れ」ます。
国は無限にお金を生み出せるのです(自国の通貨を持っていれば)。
枝を燃やして山火事を防ぐ
さて、債務が膨らみ、経済的に破綻してしまった場合、どうすれば良いのでしょう。
重たい借金と利子を返済し続けるということは、新たな投資もできず、雇用も少なくなります。
そうすると、消費が少なくなり、さらに経営は苦しくなります。
著者の国ギリシャは、そのような状態に陥りました。(ギリシャはユーロ圏ですので、自国で勝手に通貨を発行することができません)
緊縮財政を敷き、国民に負担を強い続けることで、経済は本当に回復するのか?
著者は、ギリシャの財務大臣の時にこれに対し、「ノー」といい、大幅な債務取り消しを求めました。
経済を復活させるためには、債務を一度免除にして、新たにお金を投入する必要があるのです。
このことから、著者は経済の復活に必要なのは政治の力だと明確に論じています。
もちろん、数十年と続いている日本の経済停滞、デフレも同じだと思います。
新しいお金ー収容所のタバコとビットコイン
第二次世界大戦の収容所には、コーヒや紅茶、タバコなどの物資が赤十字社から供給されていました。
中では、タバコを通貨とした小さな経済圏ができたといいます
ここで通貨となる3つの条件が挙げられています。
- 喫煙者にとって欠かせないもの(経験価値を持つ)
- 媒体として使用しやすい
- 保管できる
そして私達が今知っている通貨のように、供給量が多ければインフレになり、少なければデフレになりました。
赤十字は収容所で起こったこの小さな経済のことを何一つ知りません。そういう意味では、完全に中立の立場から通貨を供給していたのです。
そして、収容所の人たちに戦争が終わりに近づいていることが知れ渡ると、途端に経済は崩壊しました。全員がタバコを溜め込むことに価値を感じなくなるからです。
一方で現実に通貨発行権(供給できる)を持つ人は、その供給が経済にどういった影響を与えるのかよく知っています。
そういった状況で銀行は政治と完全に独立することができるのでしょうか。
ここで言いたいのは、カネは必ず政治に左右される、ということです。
ビットコイン
ビットコインは銀行や国家の監視を受けない、電子の世界に存在する仮想通貨です。
権力から気に話されているにも関わらず、価値が伴うもので、多くの人の支持を得ました。
しかし、著者は、既存の権威や政府に抵抗する存在であるがために、政治的だ、指摘します。
さらに、ビットコインが持つ欠陥のために危機が起こるとも述べています。
ビットコインの危機
ビットコインの最大の弱点は、流通量を調整できないことです。これでは、供給量を調整できないため、危機を脱することができません。
さらに2100万ビットコインという上限が定まっていることによって危機が起こりやすくなるというのです。
ビットコインの上限が決まっていると、希少価値が相対的に上がり、デフレとなります。
さて、価格の下落よりも速く賃金の減少が始まると問題です。消費が増えず、危機が訪れます。
こういった場合、政府は新たなお金を投入して、経済を回すように救済するのですが、ビットコインは総量が決まっているため、これができず、大恐慌へと繋がります。
1930年代の世界恐慌はこのようなメカニズムで起きました。当時は金本位制度をとっており、通貨発光量を金保有量に結びつけていたため、自由な通貨発行ができず、大恐慌になってしまいました。
政府や中央銀行がマネーサプライを管理するようになった結果、大恐慌から脱出することができましたが、政治と結びつくようになりました。
経済学は「公式のある神学」
最終盤に興味深いことが書かれています。
私がなぜ経済学者になったか、君に話したことがあっただろうか?
経済を学者に任せておけないと思ったからだ。経済理論や数学を学べば学ぶほど、一流大学の専門家やテレビの経済評論家や銀行家や財務官僚が全く見当外れだってことがわかってきた。
一流学者は見事な経済モデルをつくっていたが、そうしたモデルはこの本に書いたような現実の労働者やおカネや借金を勘定に入れていない。だから市場社会では役に立たない。
二流の経済評論家たちは、自分が崇める一流の経済学者のモデルを理解していないばかりか、自分の無知を気にとめていないようだった。
そんな「専門家」の話を聴くにつけ、彼らが大昔の占い師のように思えてきた
経済評論家たちは、間違った迷信によって導かれた経済予測が間違うと、その間違っている迷信の考え方によって間違いを説明すると指摘します。
経済学は、数理モデルや統計ツールやデータを使うことから、科学と同一視されることがありますが、そんなものはデタラメだといいます。
自然科学と異なり、科学実験などによって正当性を証明できないからです。
ただ、経済学者が世慣れた哲学者だと言ってしまえば、市場社会を支配する人たちは経済学者を歓迎してくれないだろうともいいます。
それは、科学の皮を被ることで正当性を担保しているからなのです。
「外の世界」からの視点を持ち続ける
最後は、父である著者から娘へのアドバイスで終わります。
人を支配するためには、物語や迷信に人間を閉じ込めて、その外を見させないようにすればいい。だが、一歩二歩下がって、外側からその世界を見てみると、どれほどそこが不完全でバカバカしいかがわかる。
大人になって社会に出ても精神を開放し続けるには、自立した考えを持つことが欠かせない。経済の仕組みを知ることと、次の問いに答える能力が、精神の自由の源泉になる。
その問いとは、「自分の身の回りで、そしてはるか遠い世界で、誰が誰に何をしているのか?」というものだ。
つまり、娘の最初の疑問「どうして世の中にはこんなに格差があるの?」という問いに答える能力(疑問を持ち、そして考えること)が、大切だと言っているのです。
いかがだったでしょうか。
娘の疑問に答える過程で、経済と文明の進歩について説明し、最後に、そういった疑問を持ち続け、考えることを大切にこれからを生きていきなさいと説く、とても愛のこもったアツい本だったと思います。
翻訳も抜群で、父が娘に優しく教えているかのような、易しい文で、どんどん引き込まれていきました。
みなさんもぜひ読んでみてください。
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